レポート

石垣フェチは金沢城に行くべき!

復元整備中の橋爪門

9月20日〜21日、はじめて石川県金沢市に行ってきました!

高校時代からの友人と恒例の女子旅。ちなみに城オタは私だけなので、今回の金沢城ではテンション控えめです。(たぶん)

大阪駅からサンダーバードでおよそ3時間
金沢駅目前で、踏切の確認作業?とやらで20分ほど遅延しましたが、なんとか無事に到着!
詳しい説明はなかったですが、目前でよかったです。あと乗り換えなくてよかった。

日本三名園のひとつ 兼六園

ほんとは1日目に兼六園と金沢城を回る予定でしたが、午後着な上に昼食どうするかでグダグダしてたら、思った以上に時間がなくなってしまい、とりあえず兼六園だけ。
想像以上に広くて、あそこだけで1日つぶすのもいいですねー!
ほんと、想像以上にバタバタだったので次こそはゆっくり歩きたいです…。兼六園…

兼六園

快晴の兼六園

天守が再建されなかった金沢城

金沢城に限った話しではないですが、日本のお城に疎い友人から「天守閣のないお城見て楽しいの?」と聞かれたことがあります。

もちろん悪気があるわけではなく、好きでもない人から見ると、「お城=天守(閣)」なんですね。なので、いわゆるシンボルのない建築物を見て楽しいのかと。
そういう質問をされたとき、大抵私は「今は土しか残ってなくても、そこにお城があったという事実だけで楽しいよ」と答えるのですが。

というわけで、金沢城は天守のないお城です。
元は加賀一向一揆の拠点で、本願寺が支配していましたが、織田信長の命により攻め落とした佐久間盛政が金沢城を建てました。それが天正8(1580)年。

三の丸広場と五十間長屋

三の丸広場と五十間長屋

佐久間氏は、豊臣秀吉と柴田勝家が争った賤ヶ岳の戦いで柴田側についたため、戦の後は、秀吉の命で前田利家が金沢城に入りました。その後利家・利長親子の2代にわたって、金沢城は大改造されたそうです。

利家の代に、5重の天守が建てられたそうですが、慶長7(1602)年に落雷で焼失。しかし再建されなかったようです。
勉強不足でキチンと調べてないのですが、いくつかの書籍を読むに、財政面で苦労していたのと、天守を再建して徳川幕府ににらまれるのを避けたとか?

最近の城復元ブームの中で、金沢城の天守が復元されないのは、やはり当時の資料があまり残ってないからだそうですね。実際に歩いてみてわかりましたが、金沢は文化面でも観光面でもすてきな街です。
中途半端なニセモノが建つのは、金沢の人たちが許さないだろうなというのが感じられました。

復元整備中の橋爪門

復元整備中の橋爪門

金沢城は石垣好きにはたまらない!

金沢城の石垣には、野面積みや打ち込みはぎなど多様な石積みの技法が見られます。
石垣を巡ろう!というコースも用意してくれてます。

金沢城石垣巡り

金沢城石垣巡り

下記URLでは、兼六園と金沢城の各リーフレットがダウンロードできるので、事前に予定をたてるのに最適です。こういうのありがたい!

上記コースでいうと、今回は時間も限られていたので最短コースでした。それでも距離にすると結構長い。見どころもありまくってアドレナリン出まくり。笑

事前に書籍やらよそさまのブログやらで写真を見てはいたのですが、思ってたより感動したな〜というのが、二の丸北面の石垣
つるーん!とキレイな石垣も良いですが、コケとか草とかが生えたのも歴史を感じることができて好きです。
この日は快晴で、でも木々の影にいると風が気持ちよくて、すごく快適でした。

二の丸北面の石垣

二の丸北面の石垣

そして絶対見たかったのは、数寄屋敷西側の石垣。キレイな長方形に切りそろえられた石が、コケの緑にところどころ覆われているミスマッチ感のある石垣です。
同じ緑の混じった石垣でも、二の丸北面とは雰囲気が違いますね〜。

数寄屋敷西側の石垣

数寄屋敷西側の石垣

復元整備中の橋爪門

橋爪門は、三の丸広場から見える五十間長屋と櫓で繋がったところに位置し、二の丸へ至る最後の門として警備も厳重だったそうです。
平成24(2012)年に復元工事が始まり、今月2日に二の門の外壁と屋根の工事が完了したということでお披露目されました。

復元年代は、江戸後期とし、文化6年(1809年)に再建され、明治14年(1881年)に焼失するまでの姿を想定しています。(石川県)

工事の進捗状況や、現場見学会の資料などは下記URLで確認できます。

橋爪門二の門櫓内の完成予想図

橋爪門二の門櫓内の完成予想図

お城めぐりならぬ石垣めぐりがしたい

今度行くときは、じーっくり石垣を堪能したいと思います!

あ、ちなみに兼六園と金沢城では公衆無線LANの運用が開始されたようです。今時は観光地に必須ですねー!

また、金沢城はスマホ用アプリもあります。
試しに使ってみましたが、精度はともかくなかなか面白いです。スポットをめぐっていくと、ご褒美的に石垣の写真とかくれます。笑
こちらもぜひお試しください〜。

夏の愛媛お城めぐり:弐《伊予国の中心として栄え滅んだ湯築城》

道後公園の西口。搦め手にあたる

7月17日〜19日の3日間、愛媛旅行に行ってきました。
1城めの大洲城から再び松山市に戻り、次は路面電車で湯築城へ!
天守や櫓などの城としての建造物は残っていませんが、地元の方々でにぎわう公園になっていました。

二重の堀が現存する湯築城

湯築城は、14世紀前半に当時の伊予国守護である河野氏によって築城されました。
二重の水堀と土塁が現存していますが、これは築城当時からのものではなく、16世紀に外堀と土塁を新たに作ったそうです。
築城当時は山城、のちに外堀を作って平山城になったということですね〜。

道後公園の西口。搦め手にあたる

道後公園の西口。搦め手にあたる

湯築城の外堀

湯築城の外堀

湯築城の内堀

湯築城の内堀

充実の発掘資料、復元された武家屋敷

西口から入るとすぐに、湯築城資料館があります。
日本百名城スタンプはこちらでお声かけしましょう。

湯築城跡内のスタンプラリーもやってるので、ぐるりと回るついでにスタンプを集めるのもいいですよ!(※2014年7月18日時点の情報です)
スタンプを集めてクイズに答えると、記念品がもらえます。

館内では湯築城や河野氏に関する資料のほか、映像も見ることができます。
10分程度でサクッと見れるものもありますので、休憩がてら見るのもいいと思います。
河野氏に関しては、全くの無知でしたので、すごく勉強になりました。

湯築城や河野氏に関する資料が残る湯築城資料館

湯築城や河野氏に関する資料が残る湯築城資料館

復元された武家屋敷。スタンプラリーのコースの一部

復元された武家屋敷。スタンプラリーのコースの一部

山城から松山市内を望む

さーて、健脚が試される山城コースですよ。
と言っても、がっつり山の中に入るような上級者コースではないのでご安心を。笑
てっぺんには展望台があると聞いて、そこを経由してぐるっと回ることにしました。

東(大手)口付近から登る階段

東(大手)口付近から登る階段

展望台から望む松山市内

展望台から望む松山市内

湯築城の風景

一遍上人が「南無阿弥陀仏」と書いたとされる宝珠がある石造りの湯釜

一遍上人が「南無阿弥陀仏」と書いたとされる宝珠がある石造りの湯釜

湯釜あたりから見下ろす内堀

湯釜あたりから見下ろす内堀

湯築城の歴史は河野氏の歴史

資料館でも感じたのですが、湯築城は河野氏の歴史そのものなのだなぁという印象です。
一族の内紛など大変な時代もあったようですが、築城からおよそ250年、河野氏とともに在った湯築城。
豊臣秀吉の四国征伐の後、廃城になってしまいましたが、長きにわたって伊予国の政治の中心であり続けた城を、ぜひこの目で見てみたかったですね。

夏の愛媛お城めぐり:壱《戦後初!当時の工法・木造で再建された大洲城》

2004年に復元された大洲城

7月17日〜19日の3日かけて、人生はじめての愛媛旅行に行ってきました!
LCCの安価な便を利用し、初日の夜に到着。
実際に行動できたのは18日・19日の2日間ですが、愛媛県内4つのお城をめぐってきたので、1城ずつレポートいたします。

松山市から大洲市へ

7月18日、朝イチで伊予大洲に向かいます。
目指すはちょうど10年前の平成16年(2004年)、天守が復元された大洲城です!

松山から伊予大洲の往復切符

松山から伊予大洲の往復切符

松山駅から伊予大洲駅まで特急でおよそ40分。
駅前はとっても静かで、どうやらちょうどいい時間のバスも無いようなので、大洲城までタクシーで向かいました。
運転手さんによると、地元の人は大洲城のことを「お城山(おしろやま)」と呼ぶそう。10年前までお城(天守)は無く、ただの小高い山だったからですかね。

宇都宮氏が創建した大洲城

2004年に復元された大洲城

2004年に復元された大洲城

大洲城は、鎌倉時代末期の1331年に宇都宮氏によって築城されました。
4重4階の複合連結式・層塔型天守と、高欄櫓台所櫓をそれぞれ多門櫓で連結した構造です。

大洲城天守と櫓の配置図

大洲城天守と櫓の配置図

10年前の再建ですが、復元された天守の中に入るとヒノキの香りがしっかり残っています!
まるで新築の旅館のよう。笑

大洲城天守の内部

大洲城天守の内部

天守内部の中心付近の吹き抜けと心柱

天守内部の中心付近の吹き抜けと心柱

大洲城の天守は、なんと戦後はじめて築城当時の工法で再建された木造天守だそうです。
外観だけでなく、内観をよみがえらせることができるほど、資料が残っていたんですね。

ちなみに2階に上がる階段は、復元ということで当然(?)のぼりにくく危ない作りになっていますが、降りるときにカワイイ注意書きが見られます。

降りるのがこわい階段

降りるのがこわい階段

「頭上ちょんまげにご注意くだされ!」

「頭上ちょんまげにご注意くだされ!」

大洲城の風景

天守に至る最後にして最大の城門・暗(くらが)り門跡

天守に至る最後にして最大の城門・暗(くらが)り門跡

二の丸北東の鉄砲櫓跡あたりから見上げた天守

二の丸北東の鉄砲櫓跡あたりから見上げた天守

肱川の堤防にある苧綿(おわた)櫓

肱川の堤防にある苧綿(おわた)櫓

大洲城をたずねて…

大洲城の城下町は、とても静かで心が落ち着くところでした。
駅からの行き道は、徒歩でどれほど時間がかかるか分からなかったので(あとは地元の人の話を聞きたかったのもあって)タクシーを利用しましたが、予定していた帰りの特急電車まで時間があったので、駅まで歩いてみました。
急ぐでものんびりするでもなく、徒歩で25分ほどかな?急な坂道もなく、歩けなくはなかったです!

ひとつ失敗したことは、私は普段からスマホのマップアプリを使ってるのですが、そのアプリの通りに歩いていたら伊予大洲駅の改札側ではなく、線路を挟んだ反対側に到着してしまったこと!
しかもまたその地点から踏切まで結構距離があって、改札側にたどり着くのにかなり疲労しました……。
皆さまもマップアプリにはお気をつけください……!

復元天守はもちろんですが、私のお気に入りスポットは、ちょうど天守の入り口の真裏あたりかな?
この時期は草木も伸び放題だし虫は多くてやや困りましたが、すごく好みの石垣ショットが撮れました!!

大洲城の石垣

大洲城の石垣

あとはちょうど同じ辺りから見た肱川も絶景。

大洲城から見た肱川

大洲城から見た肱川

私が帰る頃に、外国人観光客も訪れていました。日本人でも多くは知らないようなお城ですが、外国でも名城として紹介されてるんですかね?

あ〜
とにかく、いい香りだった〜。